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March 2012

2012.03.05

T.T氏への手紙

TTさま

昨年の暮れにお便りを頂いていながら、返信が大変遅れましたことをお詫びします。大変お元気そうで、先ずはなによりでございます。

私の方はと申しますと、家内、息子夫婦、そして私もつつがなくやっていますが、実は私の実母が、昨年の十一月半ばに他界しました。長男の私達とずっと一緒に暮らしていましたが、晩年にはかなり手も掛かり、それが大いに家内に負担をかけてまいりました。あと三ヶ月ほどで百歳に到達するところだったのですが、昨夏、体調を崩して入院。それから三ヶ月の病院生活を経た後に旅立ちました。

家内の云いますところによりますと、自分の実母と過ごした年月より長い時間を私の母と共有したことになります。そう言われると確かにそうで、しかも必ずしも互いに気の合う相手ではないわけですから、家内には結構大変な思いをさせたものです。こんな事態を日本では「嫁姑の確執」などと昔から云ってきたのでしょうが、ドイツでのこういう問題は、どんな風に処理されているのでしょうか、興味のあるところです。

いざ母に死なれてみると、家内にとっては、かなりもつれ合って時間を共有していた部分が、一気に失せてしまったことに一時呆然とし、ここから生まれた欠落感から逃れ出るのに大変手間が掛かっているようです。少しづつですが、自分の日常を再構築しつつあると思いますが、まだしばらくは要注意でしょう。「想定外」の成り行きでしたが、私の方が冷静に事態を受け入れたような案配でした。

私達があなたのお世話になったのは、一九八二年頃だったと思いますが、あれからすでに三〇年の年月が経ているわけですね。時代も大きく変転したわけです。実は、数年前に二、三日をミュンヘンに滞在したことがあります。その節はドイツ人の人情にさほどの変化を感じるようなことはなかったのですが、一貫してそこで暮らしていらっしゃれば、確かに大きな変化を感ずるところがあるのでしょうね。

ケータイやメール交換でコミュニケーションを取る生活は、私自身もかなりこれで間に合わせて居るので、この事態をあまり深刻に受け止めては居ないのですが、確かに、他人との直接的な接触を好まない若者が多くなっている事態はこちらにも伺えます。実態がどうなのか、統計的に確かな裏付けは不明ですが、日本の若者が海外に出たがらなくなっているとは、近頃良く聞こえてくる話です。無鉄砲に海外に出て行く元気な若者がとても少なくなっているようです。この点は確かに大変心配ですね。

今、ドイツに於いて政治的文化的にトルコ人の台頭が著しいという、あなたのお話はなかなか衝撃的です。私が滞在していた三〇年前には想像も出来なかった事態ですね。云われてみればさもありなんとも思いますが、これからの歴史の推移を見詰めたいですね。こちらでは、あの三・一一以来、多くの外国人が国外に避難しましたが、これは当然なことであるはずなのに、日本のジャーナリズムはこぞって「外国人の薄情」をなじることに躍起になっていました。島国根性丸出しです。ここのところの世論は、なるべくあの地震と原発の事故を過小に評価し、ともすると無かったことにしたいような空気を感じます。かつての太平洋戦争による敗北を無かったことのようにしたかった心情に通じるものがありますが、とんでもないことです。私は、この事態の処理をどうするのか、諸外国から遠巻きに見詰められている視線をひしひしと感じますが、何かというと事態をカネの問題にすり替えてまんまと儲けようとしたり、事実を隠蔽して内輪で済ます小細工に明け暮れる「政治、経済、ジャーナリズム連合体」の動きが、外からどう見えているのか大いに気になるところです。

大地震災害を受容する諦念は、千年にわたる古きから我が民族に備わっていたものらしいことが、この一年ばかりの推移で明らかになってきましたが、原発事故の現実をこの民族性のなかで希釈してしまいたいとする思惑は、とてつもない天罰を誘い出すのではないかと恐れています。

とは言うものの、このところは日々に春の気配を感じさせ、さし当たっては安穏な日常というのでしようか? ミュンヘンの春までには少し時間が必要でしょうか? またお目に掛かる機会があれば楽しいですね。ご一家のご多幸をお祈りいたします。

         二〇一二・三・四  於 東京

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