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August 2011

2011.08.28

頼みの綱はお天道さま次第。

政治は御上が司るもの

 埼玉県の知事選での投票率が25%以下に低迷した事について、これでは民主主義もヘチマもないではないかとtwitterで糾弾したら、元埼玉県人のM女史から「恥ずかしい」のメールをいただいた。彼女一人か恥じ入っても仕方がないし、まあ埼玉の場合は様々な数字が兎角極端に出る場所柄でもあるから、つい「●サイタマ」なんて言われがちだし、するとそこへ追い討ちをかけるように「彩の国なのだ!」なんて言い募ったりするもんだから、何だかワケワカメの泥仕合状態になってしまう。
 ただ、極端な話はともかくとして我国の選挙投票率が異常に低いのは、何も埼玉県に限った話しではなく、どの地域から見たって他人事ではないのである。大半の主権者が自らの政治的意思表示を放棄する。投票率の低さは全国的に五十歩百歩である。
 どんなに深刻な国難に直面していようとも、基本的に「政治は御上が司るもの」と承知する国民性が我国の国家体制を決定づけている。 大雑把に言えばこれは農耕民族の一つの性向として解釈できるのだろうか。この伝統的で且つ強固な民族意識から脱却するのはの並大抵の事ではなかろう(ちなみにさらに大雑把な見解を付け加えれば、「民主主義」ってのは狩猟民族やバイキングが編み出した社会体制なんだろうか)。我々が属している農耕民的社会集団においては、構成員各個の多様な意思や心情とは無関係に「何やら体勢の赴くところ」が優先される。これが我が民族保存の集団的本能である。個人的には平和主義者であっても、戦いがあれば有無を言わさず戦場に駆り出され、何は置いても郷里の祭礼に馳せ参ずる。個人は集団に奉仕する一単位なのであって、一人一人の意思、思想、感情、好き嫌いなどを慮ることなく、我が民族は自ずから赴くところに向う。
 アリやハチの集団行動原理を観察すると、集団全体の目指すところと個々の構成単位との冷厳な関係が良く分かる。連なって行く行列の中の一匹がたまたま悪ガキに踏みつぶされたからと言って、それが行列全体の行方に影響を及ぼすことはない。この集団の行動が生存の方向に向っているのか、滅亡に向っているのかは不明のままに事態が突き進んで行く。玉砕すると分かっていながら戦艦大和は出撃し、滅亡を予感させる原発再稼働へと雪崩れ込んで行く我が民族の動向も、一つの生物種の原初的な集団本能に向って突き動かされているのだから厄介だ。一団の生物種(一民族)は,滅びる時には滅びる。それは運命的である。今回の原発問題への対処如何は、我が民族の運命に関わっている。
 構成員の七割強が意思を表明しない(意思表示を徒労と考えている)社会集団において、物事を理性的に処理するのは極めて困難である。政治はやりたい奴がやればいいのだ。何をしようと、一度津波が襲えば何もかもがチャラになる。頼みの綱は天の意思次第。祭りを盛大に執り行って、神仏に赤心を示すしか最良の方法はない?
 個々の力を束ねて一つの民族が形成されると言っても、狩猟や海賊行為を基盤とする民族と農耕民族の形成原理とではずいぶん様相を異にする。構成員一人一人の意思連携を足場にして緻密な戦略を立てて行動することを前提にして民主主義は生まれてきたのかもしれない。対して、ひとえにお天気次第、天照のご意向次第で吉凶が支配される農耕社会の仕組みに加えて、「忘れた頃に」地震や津波に襲われて人為のことごとくが踏みつぶされるような文化においては、民主主義などは所詮絵空事でしかないという諦念もあるのだろうか。ただ、農耕における緻密な計画栽培は、天意に背かぬ限り実り多い豊穣をもたらすことも我々は良く知っている。これに関わる知恵の集積は近代以降に工業立国を成し遂げるための貴重な礎にもなった。この意味での民族的緻密さを我々は充分に所有しているのだが、これは海賊文化が有する緻密さとはかなり様相を異にする。農耕を司る天意の元では必ずしもいちいち「民意を問う」手続きを踏むような二重手間は必要ない事が知れるのである。

資本家と大労組の野合による政治体制

 菅直人氏は、都市的市民運動を経て政治活動に入った。この「運動」はいわば都会型の極めて観念的な(カッコ良くいえば理知的な)理想を足場にして成立させた政治活動だったが、この行き方では我々の属する社会が農耕民族的環境下にある限り(つまり大半の民が政治的意思を表明しない社会)越え難い限界にぶち当たり、眼前に大きな壁が立ちはだかった。「民はあまねく平等に生きる権利がある」とする前提は、選挙による大多数の支持が得られて始めて成立し得る政治活動である筈だが、投票率低下の一途をたどるばかりの我が国家体制下にあって、このような運動体が政治権力を掌握するのは絶望的であった(ちなみに、バイキングや成吉思汗を祖とする北欧各国の国政選挙における投票率は90%を越えるのが常識である。消費税30%はこの体制下にあって始めて実現可能である)。そこで、何が何でも政治中枢に踏み込みたいと考えた結果、資本家と大労組の野合に基づく政治勢力との妥協を踏まえ、利権支配の一郭に片足をあずけて、一瞬とはいえ擬似的な政治権力を掌握し得たかに見えた。政治は権力を掌握しなくては話にならないという限りにおいて、この他に打つ手はなかったのかもしれない。しかし、この曲芸的な危うい政治手法は瞬く間にあえなく足元をさらわれた。
 近い将来、我々の政治体制が強固な利権構造からの脱却を果たし得るのか、きわめて心許ない状況に後退したと言わざるを得ない。近頃は現行の経済先行主義の行き詰まりを理性的に説く言説が一定の説得力を獲得しつつあるとはいえ、我が民衆の75%はまだこの理性的説得を受け入れる資質を獲得し得ていない。私の立場からすれば、ここには我国の教育制度が持つ大欠陥が大きく立ちはだかっているわけだが、これについては別に論じよう。

日本のマスコミは「小新聞」がそのルーツ。

 菅直人氏の「極左的(真性極左諸君の立場はどうなっているのだ!)」な動きに対して、「保守反動勢力」からの徹底的な抵抗が予想されていたのは「想定内」だったろうが、あれだけ「日本のマスコミ」を敵に回すことになるとは、いささか「想定外」だったのではないだろうか? 私もこの状況に改めて驚かされている。
 しかし日本のマスコミなるものの出生を辿れば、そのルーツが江戸瓦版の伝統を足場とし、文明開化を経て「小新聞」に変容したそのポジションを保って今日まで存続し続けてきた事実を振り返ってみれば、なるほど今日の状況は当然の成り行きであったのかと納得してしまうのである。明治初期にあっては、いっとき「NYタイムズ」「Londonタイムズ」等の矜持を真似る「大新聞」が産声を挙げようとはしていたのだ。この立ち位置では国論に関して大上段に論陣を張る姿勢を貫いた。ただ、その際政治的立場を明確にする事が大前提とされたので、我が民族的土壌にあっては堅固な指導性を発揮するその論調が巷に馴染めなかった。これに対して、天下国家論を避けて民衆的嗜好に迎合して矮小卑近な立場で艶聞、猟奇事件の渉猟を拠り所とする「小新聞」の言辞が大衆の心理を巧妙に捉えた。異常なほどの高識字率に支えられたとも言われている。一方、「大新聞」の経営基盤は失われ、国論が公論として公の眼に触れる機会が著しく損なわれ、肝心な事実や論争をウヤムヤのままにする報道体勢は今日でもそれを維持したままである。余計なことを国民に伝える必要はないとするのは、何も「政府」だけの判断ではなく、我が「小新聞」の家芸もである。言葉を変えれば「隠蔽体質」がここにある。
 以来、日本には未だかつて「大新聞」は存在した事がない。発行部数世界第一、第二を誇る「大新聞社」が現存するが、ここで発行される新聞が「 大新聞」そのものであるかといえば、そうではないのだ。つまり理詰めな記事で国民を啓発する事はできないとしてこれをのっけから放棄している。とことん大上段な論議を展開する事もなく、ほどほどのところで曖昧な妥協点を探り、折りをみて「正義の御旗」の様なものを振りかざし、時に身分的ないしアカデミズムを装った権威をちらつかせて短絡的な「啓蒙」に走る。こうして大衆心理を巧みに操り、一度握った手綱は容易んことでは手放さない。
 こうした状況が何をもたらしたかというと、あれれ?と思っている間の大東亜戦争への突入。理性的合理的説得も説明も省いて「民意」を煽り、なし崩しに引き返しのつかない事態に導いたのであった。この事態の赴くところは大失態であったのだが、「あれれ?何だかおかしいぞ」と民衆が気付く頃には煽動の主体は藻抜けのから。恐らく第二の原発事故が勃発し、民族存亡の危機に遭遇したとても、その時マスコミは我関せず、知らぬ顔の半平太を決め込むであろう。
 にもかかわらず、我が「小新聞」は、政治的意思表示の乏しい大多数の国民をどう支配誘導しつづけるかが膨張しきった大発行部数を維持するための至上命令になっている。彼らは大衆の動向と表裏の関係でしか存続し得ない。かといって、いまさら大衆を理性で導く手立てはない。となれば、大衆心理を本能的に鷲掴みにしてこれを引き回す。その結果もたらされる事態が戦争であろうが放射能汚染であろうが知った事ではない。目下の状況を煽り立てることのみが彼らの生きる手立てである。
 こういう生息手段は、体制のほころびにつけ込んで生きる裏社会の諸君が用いる常套手段である筈だが、ところがどっこい、何だか結構な高学歴を有するエリートさまがこういうポジションに立って言動なさるので恐れ入る。T氏が「日本の新聞記者諸君の思い違いは、もともとこの職業が小卒で高等教育とは無縁の衆生が就く身過ぎ世過ぎの手段だったところへ、この立場を大学出のエリート達が簒奪してしまったところにある。教養に乏しい者にはそれなりの世間的な分別があるが、エリート意識にはそれがないからね。世の中、どうにでも引っ掻き回す事が可能だと思っている。」と喝破されたと聞くき、なるほどと膝を打った。しかるに、我がマスコミの論調は、民衆の射幸心、物見高さ、高嶺の花への憧れ、小市民的優越感へのくすぐり、物知りコンプレックス(短絡的「正解」を求めるクイズ熱)等々 を目先にちらつかせて(コレって、僕は皆んな大好きなんだけど)、自分で物事を考える事なく時流に従うのが巧い処世術であると教化する。これがマスコミの大きな役割になっている。この立場はTVにおいてより刹那的に踏襲されている。この技に長けていたのは何と言っても大広告代理店を筆頭とする手練手管な連中であり、ごく少数のエキスパートが今日までの浮世の世論形成を制し尽くしてきた。保守政権政党の選挙運動も一手に采配してきた。爾来、政治手腕とはもの言わぬ大衆をどう丸め込むかが最大の要件である。今日でもそれは変わる事がない。

民族滅亡への無限スパイラルに嵌った?

 菅直人氏は、総理就任直後そうとうに早くから、自らの立場をマスコミに認めさせる意欲を失ったかに見える。彼による政権獲得とは何であったのだろうか? 政権に就くや否や、彼はよっぽどヤバいタブーにでも触れたのたというようなことがあったのかとも思うが、彼の失脚が向後の我国の行く末を誤って行く無限スパイラルの始まりであることをおそれるばかりである。
 100年余の長いトンネルを抜けて近頃復活ぶりの著しい中国に代わって、我々がこの暗闇に潜行していくのを余儀なくされたとして、さてこの間に逼塞しつつも民族としての自覚を保持し続け得るのかどうか? 過ぎ去った100年の歳月は、未来においては50年を待たずに駈け去ってしまう。チョー危険なゲンパツ玩具を弄んでいるようでは著しく心許ない見通ししか立たない。 

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2011.08.10

陰影礼賛

 欧州からシベリア上空を経由して帰国する際、カムチャッカ半島を越えるとやがて夕闇の中に光の輪郭で隈取られ日本列島が浮かび上がってくるのを目の当たりにして驚かされる。成田や羽田の上空にさしかかればそこは光の洪水。まるで光の絨毯のただ中に舞い降りようかという案配になる。
 これぞ電力の大量消費。この国はどうなっているんだろうか? というおぼろげな恐怖心が、とうとうここに来て正夢となってしまった。この状況は、本来許されるはずもない「電力の無駄遣い」による光景だったのだ。
 私は「灯火管制」時代の子だ。ただでさえ仄暗い電灯の笠に、更に黒い布を被せてわずかな光の拡散をも防ぎ、波状的に襲い来る敵機来襲の爆音に怯え、息を潜めて幼い時を過ごした。
 戦後は「停電の時代」で明けた。一っ個だけの灯火の元に一家全員が集まっての団欒。すでに黒い覆い布は取り払らわれ、おおっぴらに夜の闇を払う快感に戦争が去ったことの実感を身に染みて確かめていると、フワーッと電灯が明滅する。あれれ、と言う間にフッツリと闇に閉ざされる。日常茶飯事になっているいつもの停電だ。すぐに回復するのか、そうとう長時間にわたって停電が続くのか見当もつかず、仕方がないから寝につこうとするとフッと灯ったりする。こんな状況が何時頃まで続いたろうか?
 気がつけば日本から闇夜が払拭してしまった。降るような天の川も、地上に溢れる灯火の洪水に掻き消されてもう久しく見ない。それでも口先だけは、判で押したように「我が民族は陰影礼賛の民だ」などと言いつつ、物陰のニュアンスなんてまるで忘れてしまっている退廃の民になり果てているのではなかろうか。陰影なんてもののニュアンス自体をもともと知らない。オバケも出る幕を失ってしまっている。それなのに、いかにも繊細な神経を持ち合わせているかのごときシナを演じてみせる、イヤーな感じのが居るじゃん。あれだよ。

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