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March 2011

2011.03.31

地表に降り注ぐ太陽の恵み

 2007年12月のことだから、もう丸3年も前のことになる。当時ネパールは王制崩壊の途上にあり、いうところの「毛派」が台頭してきていて、日本ではあの連合赤軍への連想が繋がって大変恐れられていたので出来れば行きたくなかったのだが、どうも行かなくても良いという流れにはならなくて、立場上、何食わぬ顔で彼の山間の国に赴いたのであった。
 首都カトマンズは、山並みのただ中にぽっかりと穿たれた盆地で、この底をめがけて航空機が次第に高度を下げていく。と、首都近郊の低い山並みの斜面には棚田が折り重なって這い上がり、まるで一昔前の日本の里山の風景を彷彿としているのだった。市中に入りさらに街頭に降り立つと、12月中旬過ぎだというのに、路上で野菜を豊富に並べた露店が立ち並び、レストランで供される料理も野菜を主としていて極めて日本人の味覚に馴染みやすいメニューであることに驚かされた。タイとは打って変わって、辛い香辛料を使っていないので、安心して口に運べる。

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 4、5日間だけの短い滞在だったが、目からウロコというか、この体験を得るまでは旅行と言えばヨーロッパしか眼中になかった私を、大きくアジアに回帰させてくれた忘れ得ぬネパール行であった。
 牛が目抜き通りを悠然と行き交い、野良犬は哲人の風貌で逍遙して俗世間と一線を劃している。

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 そんな生物共生の街路に、最新のモータリゼーションがなだれ込んで喧噪と土埃を巻き上げる風景が現出しているのに心が痛く傷ついたことが忘れられない。インドと我が国のさる自動車会社の合弁企業が、夥しい量の小型車を送り込んで街を席巻し始めていたのだ。

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 つい昨日まで、この国は地上に降り注ぐ太陽の恵みを受けて、このエネルギーをつつましく循環させて悠久の歴史を生き長らえてきていたのだ。CO2の排出競争とは無縁でここまで来たのだから、いまさらこの争いの渦中に引き入れるのは本当に無惨だと思った。勝負はもう決しているのだから、遅れ馳せにCO2戦争に参戦しても悲惨な負けが目に見えている。何とかならないか? どうせCO2排出量規制を全うできない我国なんて、その権利をネパール辺りから金で買おうと虎視眈々としているのだろうなと思うにつけ、気が滅入るのであったが、せめてその借りを金で返すのではなく、彼らが後々まで太陽の恵みをうまく循環して暮すための最新の技術を提供して、あわよくば明日の生き方の指針をいただく形でお返しできないかなー、と考えたりしていたのだった。
 ところがどうだ。
 その難事は一気に我が身、我が国土に降り掛かったのだ。原発も石油も放棄して、私たちは完全に自然と融和した生き方を世界に示して生き抜く以外に方策がないことを知らされたのだ。その方法選択には多くの選択肢もあろうが、少なくとも、余計な地下資源や再処理不能なエネルギーの無駄遣いを前提に肥大化した刹那的経済機構を終息し、生きとし生けるものが肩を寄せ合って慎ましく長らえる方策を探らねばならない。エセ近代主義、経済優先主義を標榜する守銭奴は、即退場せよ。
 話題の『ここっぴーの★へそっぴー』への反響は、「それでも原発は必要だ」という意見が60%を占めたとこころちゃん自身が報告している。マジかよー。経済万能主義に洗脳され尽くした日本民衆の集団心理は度し難い。
 北陸二県を失う事態にもなれば目覚めるというのであろうか? それすら覚束ないのだとすれば、それは金日正万歳の民衆やガダフィ支持派を笑う資格はないということだ。
 近代主義亡者の集団は、度し難く危険だ。

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2011.03.27

米の買い占め

 地震の来襲を受けた時、我が家には米の備蓄が乏しく、異変に気付いたときには市場から姿を消していた。本年99才を迎えた母は、毎日ご飯を炊いて私たちに供するのが唯一のアイデンティティーだから、判で押したように米を消費していく。これじゃあ後数日にして米櫃が底をつくのは必定。ご用聞きにも来て、しかも電話で注文すれば何時でも配達してくれていた米屋も廃業して久しい。仕舞には米の他に嗜好的な食品を色々持ち込んでくるので、3度に1度はお付き合いでそれらも購入していたがとうとう命脈が尽きたので、この非常時に米の手配が着かない。バアちゃんに事態の逼迫を説明しても、その瞬間には「そうか」と納得するけれども、その2分後には「お米がないよ」という。老人特有の状態が訪れて久しいのだ。始めの2、3日は、ハラハラもしながら仕方がないと諦めていたが、家内が「立川の伊勢丹食品売り場に一袋だけあった」と言って、3キロ袋を「うんこらしょ」と持ち帰ってきて、一息ついた。
 昨日辺りから、昼時までならスーパーの棚に少しは乗っているような状態に回復しただろうか。一昨日にはまだまるでカラッポになった棚に張り紙が出ていた。曰く「流通の混乱でお米の入荷量が減少していますが、決して在庫に不安があるわけではありません。どうか大量のご購入はご遠慮ください。精米済みのお米を長期間貯め置きますとおいしくなくなります」だって。
 でも今日はスーパーでまた3キロを購入。少し余裕ができたので、明日は久しぶりにGOPANに挑戦しよう。

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2011.03.25

長のご無沙汰!

いやー、このブログを長く放置したままでした。
 最後のUPが2008年ですから、もう3年の空白期間があって、「さて」と思っても、入力の仕方もすっかり忘却の彼方。『世界一わかりやすいブログ』を引っ張りだして、やっとこの画面にたどり着いた次第。
 この間、心身ともにまったく余裕のない日々を暮らしてきましたが、今から丁度1年前に退職。目出度くリタイアじじいとなったはずが、今日までなんやかやと残務というか雑務というか、色々な「事象」に追いまくられて、その都度対処療法に明け暮れて来ました。やっとここへきて心の平安らしきものに辿り着けるのかな? と、思っていた矢先に、東北関東広域大地震。エライことになっていますねー。
 諸外国の大使館、領事館等が関西方面に避難または外国に転出。日本国の庶民感情からすると、極めて薄情に映るかもしれないけど、日本外交だって度々この手の対応を諸国に対して行ってきたんですよね。つまり通常の外交手法上として、これは極めてノーマルな反応なんでしょう。
 これまで、例えば様々な紛争地域において、日本は在住自国民の安否に狂奔しこそすれ、現地感情をどれだけ勘案できていたでしょうか? これがいわゆる島国根性ですが、この現実を真逆の視点から見せつけられているのが現在だろうと思います。ということは、外から見るとあの原発「事象」はとんでもないレベルの「事故」であるはずです。我々の現在は、第二次大戦以降66年目にして二度目の敗戦を喫したぐらいに思っていないと、曖昧な復旧などあり得ないと思いますが如何? 

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