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January 2006

2006.01.31

車中化粧戦士にエール

 一頃ほどでないとはいえ、ギャル系の車中化粧がごく普通の光景になってしまった。でも今日の様子はちょっと変だなー、と思ったら横に連れの男が座っていたのだよねー。これって珍しいんではないですか?
 だいだい、「あんた、その顔をいじってそれでどうしたい分け?」って言いたくなるのを我慢しつつ、それで出来上がったご面相をどこに見せに行くのだろうというギモンを常日頃抱いていたのだが……。と、ちょっと前にも書いたかなー。
 しかし今日のは横に男がいるじゃん、どうなってんの? 兄とか弟とかかなー、と思ったがそうでもなさそうだ。気の弱そうな面構えの男だが、ここでは明らかに「連れ」以外の者ではないよなー。この男に車中のエスコートをさせておいて、本命の男に会いに行くって段取りなのかなーとも考えたが、そんな凝った関係が成立しているとはとても思えない。この化粧技量では、この後どう手を加えても面目を改めるにはいたらないだろう。でもなあ、横に座る男としちゃーどんな気分だろうか? 僕ならいたたまれないですよ、やっぱ。無言で席を蹴って立ち去るって場面だよなー、ここは。近頃の男は優しいっていうけど、こういうのって本当に優しいの?
 女の化粧って、誰かに見せるためのものかと思っていたけれど(相手が男とは限らなくても)、必ずしもそうではないってことに気づいた。なんて言うと「何を今さらふ抜けたことを言っているのよ。身だしなみってものでしょうが」と怒られること必定だが、少なくとも車中の化粧は「たしなみ」を欠く行為だよなー。外出間際に、ガバッと口紅を引いて駆け出すのも「身だしなみ」の範疇に入れるとしても、連れの男の横でほお紅をはたくのは、たしなみとは別の行為ですね。
 つまり、たしなみを欠いてまで化粧に駆られる何かがそこにある。効果のほどは到底望めないと自分で知りつつもハマっていくその動機はどこからくるのか。ひょっとして深いのかもしれない。
 あまりに濃く、ぼってりと差したアイシャドウで目が四つに見える近所のオバさんと時々出くわすんだけど、そんな日は一日が妙なテンポで流れることになる。自分では結構多様な審美基準を持ち合わせている方だと自認しているはずなのだが、このオバさんのご面相と不用意かつ想定外の出会いがあった日には、こころのどこかに微妙な歪みを抱え込んでしまって、その修正が完了しないまま就寝しなくてはならなくなる。
 そういえば先日、京王線車中で化粧に余念のない女戦士に出会った。昔の化粧戦士はたいがいは夜の蝶(死語か)諸嬢の出陣光景であった。迫力いっぱいのこってり、どっきりメークだったものが、この京王線戦士はどうもニュアンスが違う。そのコンセプトはカワイコチャン系メークであると思われるのだが、妙に場慣れしていて子供っぽさがかえってワザとらしい。かといって自己満足コスプレ系でもない。あきらかにオヤジ受けを心得ているようにうかがえる。なんだ、なんだ、誰を手玉に取ろうってのかい。手鏡をのぞき込みつつも分厚い手帳を取り出すと、意外にりちぎな書き込みがぎっしりと埋まっている。このページを気ぜわしなく繰ってしきりに時計を気にしている。マネジャーなしで一人で移動している芸能人? それにしてはちょっと過剰に哀愁漂う雰囲気がある。ははーん、これは推察するに写真撮影会モデルの移動だな。多分当たっていると思うよ。ちょっと可愛いってことを足場に田舎を捨てて上京、もうかれこれ10年選手にもなろうかという戦士かなー。久しぶりだけどエールを送ろう。

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2006.01.25

中高一貫教育

「中高一貫教育がどうたらこうたら」と枕元のラジオが言っているのを耳にして目が覚めた。近ごろしきりに公立の中高が括られて一貫教育であると喧伝されることについてのコメントらしい。公立高校と中学ではダンチに数が違うから、すべての公立中高がペアを組むという話でもなかろう。いまさら制度を複雑にしてどうしようというのだ。
 ドイツの教育制度はいまでも複雑だ。現在はまた違っているのかもしれないが、25年ほど前、息子が小一に入ったばかりの頃に彼をともなって1年間ミュンヘンに滞在した。そのころシュタイナー学校が話題になっていたので、あわよくばこれに入れてやろうかと思っていたのだが、現地に行ってみると「やめとけ」という声が多く、近所の小学校に日本の戸籍謄本を持参し、「出生証明書」だといってかざしたら、女性の校長先生が「チャイニーズレター。オー、ファンタスティック!」とかいって、そのまま1年生のクラスに編入してくれた。ここでの様々な体験はとても新鮮だったのだがそれは今回は置いといて、ここがいうなれば小中一貫教育だったのね。
 といってもそれは奇麗事ではなく、小4でギムナジウムに進む連中が抜けちゃった後の、早々にエリートコースから脱落しちゃったニーチャン、ネーチャン連が校門の前でたばこを噴かして群れている脇をかいくぐって小一が登校するっていうことで、複雑な思いをした記憶が鮮明だ。日本の昔の制度でいえば、これは高等小学校に当たるのかしら(お手本はドイツか?)。昨年98歳で亡くなった僕の親父は田舎の商家の長男で、代々運命づけられた自分の進路になんの疑うところもなく高等小学校に進んだところが、祖父は自分の息子の商才のなさに見切りをつけて旧制中学に入れ直したんだと聞いたことがある。父は若い頃の話を良くしたものだが、不思議と高等小学校時代については話さなかった。良い思い出がないのだろう。代わりに、中学時代については繰り返し聞かされた。あの原爆に被災された長井隆博士と中学時代の親友だったそうだ。
 ところで中高一貫については、昔から多くの私立学校では事実上そうなっているところが多かったが、これはどんな先例をなどった制度なのだろうか。
 だいたい中学の「中」っていう位置づけそのものが曖昧で、そのポリシーが明確にしにくい。一時、14歳の驚異がしきりに喧伝されたことがある。例の酒鬼薔薇事件の折、大島渚氏が「俺だって、14歳当時は極めて不安定な精神構造を持てあましていた。あの当時自分が殺人を犯さないでやり過ごしたこと自体が奇跡である」と発言したのに妙に共感した覚えがある(普段、氏の感性にはあまり親しめないのだが、この時の発言にはいたく共鳴した)。かく言う私も、3年次に3っの中学を渡り歩いた。それまで疎開先の田舎暮らしに甘んじていたが、さて高校に行くという段取りになって、気づいたら田舎の高校男子は頭をりくり坊主にされるというのだ(僕は当時こまっちゃくれた坊っちゃん刈り少年だった)。なんでそんな身体条件にまで教育制度が干渉してくるのだ(単にカッコ悪いというだけのことだが)、というだけの理由で、田舎に親兄弟を置き去りにしたまま東京の親戚の家に転がり込んだ。どこにこんなエネルギーが潜んでいたのだろうか。しかし、この一件は明らかにその後の私の生涯航路を決定づけた。これは私にとっての14歳の暴走であるが、小学生のときでも高校生になってからでも決断できなかったことに違いない。少年でも青年でもない、やはり中学生ならではの暴発であったと、今になってつくづく思う。
 また最近でも、同級生を殺しちゃった少女とかが次々にいろいろ話題になるが、これらの出来事を少しでも解決に導こうとする言説や方策は皆無に等しい。問題はあまりにも深刻なのだ。
 そう言った意味合いにおいては、中学を小学校か高校のどちらかに吸収することで、何となく目先を変えるのが「一貫教育」なのかもしれないが、14歳問題の深淵には何ら踏み込まないまで棚上げしようとしているのではないか。
 なぜ中学なのか? どういう理由でこの制度が施行されたのか、その歴史はどうなっているのだろうか。本当は、人格形成期におけるすごく敏感な過程を預かる難しい教育機関だと思うのだが、実際は想像を絶する荒廃に陥っている現場も珍しくなかろう。
 ちょっと以前だが、東海地方のある中学を教育実習の見学で訪れた際は、全生徒が揃いのジャージ姿で管理され囚人のように統制されているのを目の当たりにしたが、生涯のうちで一番多感な時期をこうして過ごした子供達がどんな大人になっていくのか背筋が寒くなる思いに駆られた。
 近年の中学は、一頃の荒れ模様から一転して静けさを取り戻す傾向にあるのは、教育実習の見学でそれを実感するところである。しかし、廊下で行き過ぎる初老の客人に判で押したように「ようこそ」と声をかけてくる子供達の顔つきが、無表情の仮面を被っているようでこれも落ち着かない。「こんなはずはないのだが」と思ってしまう。こっちが疑り深いのだろうか。
 短い3年という期間を何とかやり過ごすほかは「ドーデモイイデスヨー」という空気が校内に充満している。こんなんで本当に良いの?
 二度と中学生はやりたくない。

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2006.01.21

宮沢章夫著『レンダリングタワー』(ASCII)

 新宿サザンシアターで、ちょっとお義理がらみの観劇があって(まあまあ面白かったけど、しきりに浮世絵師歌麿を「先生」呼ばわりするのが耳障りだった)、珍しい東京の吹雪を突いてでかけた。開演前にちょっと時間があったので紀伊國屋書店で Macのコーナーをのぞいていると、何だか場違いに文芸書みたいな本がポップ付きで平積みされている。宮沢章夫著『レンダリングタワー』。ASCII刊の新刊だから不思議ではないわけだが、装丁の調子は文芸書そのものだから、パソコン書群の中ではまったく浮いている。手に取ってみたら、これって真性Macオタクの書なのね。宮沢章夫さんがMacオタクとは知らなんだ。以前お目にかかったことがあるけど、あのときMacの話はしなかったなー。
 ここに「アップルストア銀座」の話がでてくる。「この店には行ったことがない」と言いながら、洒落た一編のエッセイを書いてしまうのだから、恐るべき文才、恐るべき筆力。これって『MACPOWER』に連載していた文章だそうだから恐れ入る。
 それで便乗して言ってしまうんだか、僕はあの六本木ヒルズタワーに行ったことがないんだなー。竣工以前の工事中にはあの辺りを何度か徘徊したことがあるが、竣工後は近寄る気がしない。特に深い理由があるわけでもないが、できることなら近寄りたくないという気持ちが働く。
 ITの方はバーチャルリアリティーとして大いに興味深いんだけど、六本木ヒルズの方は何だか遠くから蜃気楼を眺めているような気分がして、近づいてみたらなーんにもないよーな気がするんだなー。ビミョーなんだけど、この違いにこだわりがあるんだなー。
 今朝、朝飯食いながらTVを観ていたら、デザイナーズ・ファニチャーがどうたらこうたらという話をしていた。小ジャレた椅子を一点ゴーカに買い求めるためのお店が、やっぱ六本木界隈で流行っているんだそーで結構なことだとは思うけど、今を去ること35,6年前に六本木竜土町の都電停留所前で、小ジャレたインテリアショップに勤めていたことがある私としては複雑な気分。当時の客は進駐軍の将校とそのオンリーが上客だったけど。
 今はといえば、スーパーの特売コーナーで「デザインブラウス」、美容院の看板に「デザインパーマ」。いろんな「デザイン」に遭遇して、そのたびに気持ちがむずかゆくなる初老の日々でございますですが、「デザイナーズどうたら」もむずかゆいんだよなー。

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2006.01.19

「たしなみ」としての美術

 これまでズルく立ち回ってきたというか、美術学校の教員をかれこれ35年余りやってきたのに「芸術」ってのに正面から向き合うことを避けてきてしまったのですね。そのバチが当たったのかどうか、この数年というもの「芸術としての美術」に直面させられて、正直いって辟易させられている(「ゲージツ」なんて言っている人もいるけど)。  
 ほとんどまあなんちゅうか、むりやりアヤシイ信仰に向き合わされているみたいなもので、ここには論理も哲学も介入する余地がありませんなー。んでその信仰なるものが、ここのところつるべ落としに矮小化してきているので、どう手を打てばいいのか皆目途方に暮れているってわけです。だって美術学校は永久にやっていかなくっちゃならないのだから。「芸術」はともかくとして、技能としての美術の方は不滅だもの。
 いま僕がかかわっている部門は、いわゆる生涯学習の美術領域なんですね。ここでは日毎に「芸術」のメッキが剥げていくのを目の当たりにしている。ネバー・エンディング・ストーリーみたくいえば、「虚無」が世界を浸蝕しつつあるわけなんだけれども、かといって美術という行為や現象が未来永劫に消失してしまうってことでもない。いうなれば「遊戯」としての美術、これをもっと雅に言わせていただければ「たしなみ」としての美術の再生に心を砕くときが到来しているんでしょうかねー。

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2006.01.18

暮れの大國魂神社

 暮れの31日に府中の大國魂神社にお参りする習慣がついてからどのくらいの年月を経たのだろうか。30年以上になるかもしれない。
 私の義弟がときどき送りつけてくる傑作な身辺雑話がいましがた郵送されてきてそれを読んだら、世田谷ボロ市の変貌ぶりが面白可笑しくしかし哀感を込めて記されている。これを読んではたと思い出したのだが、この大晦日の國魂神社境内ではいつも開かれてきた年の瀬の市がすっかり姿を消していたのだ。その発祥がいつからなのかを知らないが、世田谷ボロ市よりも遙かに古いんではないかいな。「二見屋」なんて刃物屋も出店していたが、これって前身は古代の刀鍛冶ではないかい? 農機具や各種職人の道具、竹かご、餅つきの杵、臼等、新古取り混ぜて出店する楽しい市で、売り手買い手が丁々発止と駆け引きする様子を飽かず見物する楽しみがあったが、そういえばこういう風物を失ってから久しいものなー。何百年だか続いてきたらしい行事とはいえ、時代が変わればやがては終わってしまうのも致し方ないとはいえ、その最期を見届ける証人になるとは「想定外」でしたね。
 帰りがけ、年越しそばを買い込むためあてにしていたそば屋は駅前の再開発の波にあえなく飲み込まれたのか、見つからなかった。
 なんと近所のジェーソンで仕入れた茹でそば玉が我が家の年越しそばになったのだ。あぁ。

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